宝暦治水薩摩義士伝

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平成20年3月 海津市の歴史等を盛り込んだ海津市音頭が完成。
歌詞には治水神社や千本松原などが盛り込まれている。
歌詞は公募作品から選ばれ歌は演歌歌手の永井みゆきさん。

歌詞紹介


治水神社と千本松原

宝暦3年(1753年)12月25日江戸幕府は薩摩藩(現、鹿児島)に木曽三川(岐阜県)治水工事を命じた。工事は薩摩藩の家老平田靱負が総奉行となり幕府の厳しい監督の元にすすめられた。大勢の犠牲を強い、また藩の財政を圧迫するなどして工事が成し遂げられました。

宝暦治水
 薩摩義士伝

◇治水神社と千本松原◇
工事の総奉行である平田靱負はその責任を負い「住みなれし 里も今更 立ちぞわずらふ 美濃の大牧」と辞世の歌を残して命を絶ちましたが、治水神社はその平田靱負を祭神に(昭和13年)に建てられました。治水神社と同じく宝暦治水関係の史蹟で治水工事の完成を記念して幕府の命により薩摩から取り寄せた日向松が千本植えられました。
今では樹齢200年を超える松林となり千本松原と呼ばれ人々に親しまれています。



資料提供 常栄寺様(海津市平田町今尾)にご協力頂きました。